2011年3月8日火曜日

ゼミ旅行1日目!!

1日目(3月8日)

 まだ日が昇らない暗いうちからの出発でしたが心配していた遅刻者もなく全員、博多駅に到着しました。駅近くのホテルに荷物を置き、地下鉄で移動し、一番最初の訪問先『鴻臚館跡』に行きました。すぐ近くにある展示館には発掘の際に見つかった遺構がそのまま展示されていました。整備されているものをみるのもいいですが、発掘された状態で見ることができ良かったです。出土遺物はあまり見ることが出来ないイスラム陶器を見れました。


 次にタクシーに乗って福岡市博物館に行きました。博物館内にあるレストランで昼食をとった後、展示されている資料を見ました。この博物館には、歴史の教科書に記載されている事でも有名なあの『漢委奴国王』の金印が展示されているのです!!実物をみると、とても小さく驚きました。
 丸隈山古墳は石室が見ることができました。我先にと石室の入口に集まっているのが今回のゼミ旅行メンバーです!

 今回のゼミ旅行では発掘現場を見学することもできました。平安時代の鍛錬鍛冶炉、精錬鍛冶炉などの鍛冶に関係する遺構が多くありました。また、建物遺構も多く発掘されていました。

 若八幡宮古墳では今回初の記念撮影です。風が吹いており、寒くて私は目をつぶってしまいました。墳丘を登っていくと、神社が建っており、あまり古墳と感じさせられるものはありませんでした。
 

 次は九州大学です。九州大学は様々な学部が集まっているせいか、規模も大きく活気がありました。大学構内に入って始めに、九州大学埋蔵文化財調査室にいきました。そこでは、九州大学内で出土した遺物を見ることができ、九州特有の真っ赤な土器や平安時代の土器などを見ました。その次に、九州大学総合研究博物館を見学しました。ここでは、一番に驚いたのは古人骨資料です。(ようは遺跡や古墳などから出土した人骨です!)九州大学には3000点以上の古人骨があるのです。有名な遺跡や古墳の人骨もあり、みんなも思いのほかテンションが上がっていました。かくいう私もその一人です。(笑)
 考古学研究室では、所蔵資料を見せてもらいました。かの有名な板付遺跡の土器や刀などの鉄資料、鏡など多く資料がありました。また、所蔵している本を見せていただいたりするなど充実した時間を過ごすことができました。

 そして、夜は九州大学研究室の皆さんに懇親会を開いていただきました。多くの九州大学の方とお話しをすることができ、また、多くのことを学ばしていただきました。ありがとうございました。

 1日目はこんな感じで福岡を過ごしました。
 2日目の記事は、今日以降に更新します。

2011年3月7日月曜日

明日から


 どもです!!


 さて明日からゼミ旅行(福岡)です!!レジュメも無事完成し、ホッとしています。明日は早朝7:00前には、京都を出発します。みんながちゃんと遅れて来ないか心配ですが(汗)なんとかなるでしょう!!


 旅行中、ブログを更新できればしようと思います!!!では行ってきます。
 (気が早い後輩はもう出発しています(笑))

2011年3月1日火曜日

茅原大墓で最古の盾持人埴輪出土

 奈良県桜井市茅原大墓で最古の盾持人埴輪が出土しました。

 茅原大墓は古墳時代中期初頭頃の帆立貝式古墳(後円部に比べて前方部の規模が小さい)です。これまで最も古い盾持人埴輪と考えられていたものより、先行する時期のものと考えられ、最古の例として公表されました。

 2月27日に行われた現地説明会には新聞報道によると約2000人の考古学ファンの方が訪れたそうです!!!(かくいう私、子分2も、その内の1人だったりして・・・(笑))

 このことで、我らが「親分」こと高橋先生がNHKからインタビューをうけました!!!

 タイトルをクリックするとリンク先で動画が見れますのでどうぞ!!!

2011年2月28日月曜日

ゼミ旅行までもう少し!!


どもです。

 研究室では現在、来週に行くゼミ旅行(福岡)のレジュメ(旅のしおり的なもの)作成に追われています。

 旅行といっても、福岡にある遺跡や古墳を見て勉強するというものです。レジュメもあともう一息で完成です。みんな頑張れ~。

2011年2月27日日曜日

報告書発送完了


 報告書の発送が昨年秋、終わりました。
約600冊の本を3日間、来る日も来る日も、袋に詰めて、各研究機関、教育委員会に送ることができました!!

「これでやっと、肩の荷が下りました(^^)/」(by.初代子分)

 整理作業から参加している私、子分2にとっても感無量のできことです。

『平安京右京二条三坊八町』報告書完成


久しぶりの更新です(汗)。
 今回から初代子分に変わり、二代目子分が投稿することになりました。どうぞ、よろしくお願いします。

 さて、このブログ開始時に行っていた「花園大学新校舎新築に伴う発掘調査」の報告書『平安京右京二条三坊八町』(写真)が昨年3月に堂々完成していました。お知らせが遅くなり申し訳ございません。

 当時、調査に参加していた学生だけでなく、調査終了後の整理作業から参加した学生と共に、一から自分たちで作り上げた報告書です。どこかで、見かけた際は、ぜひ手にとって読んでみてください!!

2010年9月14日火曜日

若狭最古の前方後円墳か 小浜・九花峰古墳、花園大調査

約一年ぶりの投稿になります。このブログは元々、新校舎建設のための発掘調査の記録としてスタートしたものなので、その発掘が終わった今、このブログもまた過去の記録を残すためだけのものだったりもするのですが、昨年の今頃、
という投稿がありましたので、その後日談となるニュースをご紹介したいと思います。
上の投稿に続く、福井県での古墳調査ですが、大きな発見があったようです。
福井県小浜市遠敷の「九花峰(きゅうかほう)古墳」(全長約45メートル)が若狭地方最古の前方後円墳である可能性が高いことが、花園大(京都市)考古学研究室の調査で分かった。これまで若狭と大和政権とのかかわりを示す前方後円墳は5世紀以降のものしか見つかっていなかったが、九花峰古墳はその形状から4世紀後半の造営とみられる。調査に当たった同研究室の高橋克壽教授は「(大和政権に食料を献上していた)御食国若狭の幕開けがこれまでより40~50年さかのぼることが推測できる発見だ」としている。
すばらしいですね。行政の方も「とても貴重な古墳であり、若狭町の古墳群と一体で保存、活用を考えていく必要がある」と述べているそうで、今後もしばらく高橋親分チームの仕事は続きそうです。